1973年にデビューしたアイドルまとめ 山口百恵 桜田淳子 フィンガー5 石川さゆり

山口百恵「としごろ」

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読売ジャイアンツ、巨人軍が川上監督の元、V9を達成した年。

テレビではゴッド姉ちゃんこと和田アキ子とデストロイヤー、せんだみつおが大騒ぎする番組「うわさのチャンネル」が大ヒット。

世は石油ショックでトイレットペーパーを求めておかあさんたちがスーパーに詰めかけた。

そんな年についにあのレジェンドがデビューを果たす。

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フィンガー5「個人授業」

フィンガー5「個人授業」
参照 大人のミュージックカレンダー

フィンガー5は沖縄出身の兄弟で、1970年にバンド「ベイビーブラザーズ」としてデビューをしていた。

リードボーカルは三男の正男。

残念ながら3枚のシングルで成功をおさめることはできなかった。

ベイビーブラザーズ

1973年阿久悠作詞、都倉俊一作曲の「個人授業」で再デビュー。

楽器を捨て、ジャクソン5のようなダンスを取り入れ、変声期の正男に代わり晃がリードボーカルを担当した。

背伸びした小学生が憧れるスクールライフ。

シャッフルビートの3コードロックンロール、ハイトーンの晃が担うソロパートや間奏で聽かせるフェイクの達者さ、ホーンを利かせたソウルテイストなアレンジと昭和歌謡曲の傑作であり、大ヒットなった。

個人授業はドカベンの漫画家水島新司がジャケットを担当している。

背伸びした小学生の世界は「恋のダイヤル6700」「学園天国」など阿久悠の作詞によって広がり、ヒットを次々と生み出した。

浅田美代子「赤い風船」

浅田美代子「赤い風船」
参照 大人のミュージックカレンダー

高校生の時に街角でスカウトされ、人気ドラマ「時間ですよ」のオーディションに合格。

ドラマの中で歌った「赤い風船」が大ヒットするまでたった1年あまりだった。

大人の童謡がテーマのこの曲は浅田美代子の拙い歌唱があってからこそ。

当時、誤魔化す技術がない時代。

アイドルと呼ばれた歌手は全員、歌がうまかった。

小柳ルミ子のように宝塚音楽学校を主席で卒業したり、天地真理のように音楽学校の声楽科出身だったりとした実力派が揃っていた頃、微妙にずれるユニゾン、苦しそうな高音がなんとも聞くものに愛しさを感じさせたのだ。

NHKの出演をするためのオーディションに4回も落ちたというエピソードもあるほど元祖歌ヘタアイドルだったが、デビュー曲「赤い風船」は1973年のオリコン年間チャートの10位を記録し、日本レコード大賞新人賞も獲得している。

1977年に吉田拓郎と結婚、一時期芸能界の仕事から遠ざかっていたが、離婚後、女優として復活。

今でもドラマやバラエティ番組で元気な姿を見ることができる元祖愛され天然アイドルでもある。

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城みちる「イルカにのった少年」

城みちる「イルカにのった少年」

1972年日本テレビのオーディション番組「スター誕生」でチャンピオンとなり、1973年12月に「イルカにのった少年」でデビュー。

広島県安芸郡の実家は名家で、そのお坊ちゃん的な風采も人気となり、男性アイドル歌手として活躍。

3年間の芸能活動の後、大学に行って家業を継ぐという父親との約束通り、10枚のシングルを発表した後、引退、帰郷した。

同じくアイドルだった伊藤咲子と交際していたことでも話題になった。

あべ静江「コーヒーショップで」

あべ静江「コーヒーショップで」

三重県出身。

愛知県の短大に通っている時に出演していたエフエム愛知のDJとして人気となり、1973年5月「フリージアの香り」というキャッチフレーズで「コーヒーショップで」でデビュー。

デビュー曲のヒットに続き、「みずいろの手紙」もヒットした。

どちらも阿久悠による作詞。

学生街の喫茶店で学生たちの姿をマスターを見て、自分を顧みる繊細な女子学生という位置づけが受けた、と思う。

キャンディーズ「あなたに夢中」

キャンディーズ「あなたに夢中」

キャンディーズは東京音楽学院のスクールメイツ出身。

昭和の時代の歌謡曲はバックダンサーとしてスクールメイツが活躍していた。

キャンディーズの3人もバックダンサーとして紅白歌合戦にも出ている。

最終選抜で3人が選ばれたが、候補には太田裕美、ザ・ヴィーナスのコニーもいた。

1973年4月から人気番組「8時だよ全員集合」のアシスタントとしてレギュラー出演。9月に「あなたに夢中」でデビュー。

当初は一番歌唱力が高かった田中好子(すーちゃん)がセンターをつとめていたが、5枚目の「年下の男の子」でお姉さん的なキャラクターの伊藤蘭(ランちゃん)をセンターに変更してから、大ブレイクを果たす。

1978年4月4日、後は楽球場で解散コンサートを行った。「普通の女の子に戻りたい」という言葉が印象的である。

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安西マリア「涙の太陽」

安西マリア「涙の太陽」

石川さゆり「かくれんぼ」

石川さゆり「かくれんぼ」

紅白歌合戦40回出場、トリも8回もつとめている石川さゆりもデビューは1973年。

15才のアイドル歌手としてだった。

しかし、当時は花の中三トリオが大人気。

花の中三トリオよりは一学年上となる石川さゆりは陰の存在。

しかし、1977年、15枚目のシングル「津軽海峡冬景色」が大ヒット。

国民的演歌歌手として芸能界に君臨することとなる。

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栗田ひろみ「太陽のくちづけ」

栗田ひろみ「太陽のくちづけ」

1973年に歌手デビューした栗田ひろみだが、残念なから歌手としての記憶はなく、週刊プレイボーイなどのグラビアの印象が強く、そういった意味では元祖グラドルだったのかもしれない。

そしてなんと1974年、週刊プレイボーイ編集のGIRLSでヌードを披露する。

それも元祖グラドルぽいと言えばぽい。

1957年生まれなので年齢的に現在の法律ではいけない危険なグラビアだったのかもしれない。

 

桜田淳子「天使も夢みる」

桜田淳子「天使も夢みる」

秋田県出身。

日本テレビ「スター誕生」に出場、予選大会、決勝大会も番組史上最高得点、最高のスカウトのプラカード数でグランドチャンピオンを獲得、翌年1973年2月デビュー。

歌う時に被っていたキャスケットは桜田淳子のトレードマークとなった。

森昌子、山口百恵とともに中3トリオを結成。

アイドル歌手としてだけでなく「8時だよ!全員集合」の志村けんとのコントもセンスよく人気だった。

楽曲の作詞のほとんどは阿久悠だったが1978年から「しあわせ芝居」「追いかけてヨコハマ」「20才になれば」と中島みゆき作詞作曲の曲で大人の女性の歌を歌いヒットさせている。

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山口百恵「としごろ」

山口百恵「としごろ」

森昌子、桜田淳子らと同じく日本テレビのオーディション番組「スター誕生!」の決勝大会に進んだ山口百恵の評価はそれほど高くなかった。

阿久悠に歌手は諦めた方がいいとまで言われた。

しかし、デビュー2曲めからの「青い果実」で、♪あなたに女の子の一番たいせつなものをあげるわ、と青い性路線を展開すると絶大な人気を博した。

純朴なルックスにふさわしくない大胆な歌詞のギャップが受けたのである。

映画12作に主演、主演したドラマも大ヒット、そしてその相手役だった三浦友和と結婚。

結婚後は表舞台に出ないという徹底した美学で今でもカリスマとなっている。

水沢アキ「娘ごころ」

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浅田美代子「赤い風船」

ミミ「おしゃれな土曜日」

昭和アイドル買取 星瞬堂

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