中森明菜初登場!吉沢京子、早瀬久美が脱いだ!1982年の週刊プレイボーイ高価買取中

スポンサーリンク

1966年集英社から創刊の週刊プレイボーイの表紙とグラビアから、昭和アイドルの歴史を振返っています。

私達ボーイズの欲望を毎週掻き立ててくれた週刊プレイボーイのグラビアですが、1980年代に入り、大きく変わり出します。

スポンサーリンク


2.3号は河合奈保子表紙 風吹ジュンがグラビア

1982年の週刊プレイボーイ第一号は松田聖子の表紙からスタートしました。
グラビアには「カナダからの手紙」で一世風靡した畑中葉子のヌード。

2.3号は河合奈保子が表紙。
綴込みピンナップ、グラビアには風吹ジュンのヌード。

畑中葉子、風吹ジュンとも、世界的カメラマン、デビッド・ハミルトン撮影によるものです。

河合奈保子 週刊プレイボーイ1982年

風吹ジュン 週刊プレイボーイ1982年

風吹ジュンのこのグラビアは1982年3月に集英社週刊プレイボーイ特別編集として写真集になり、発売されます。
その後のグラビアでもよくあるように、グラビアは写真集の宣伝、予告という位置づけになりはじめたということです。

宣伝かぁ、と興ざめしてしまう部分もあるにはありますが、写真集が売れるということもあって、次から次へと1970年代にヌードになりはじめたのが、1982年といってもいいでしょう。

この号ではホリプロスカウトキャラバンで優勝した比企理恵の水着グラビアも掲載されています。

比企理恵 週刊プレイボーイ1982年

鬼龍院花子の生涯からのグラビア 夏目雅子、夏木マリ他

写真集の予告、宣伝ではなく、映画の予告、宣伝になっているグラビアもかなり出始めました。
そういった類いのグラビアは創刊当初からありましたが、ページ数をしっかり取って、今で言うコラボ企画のような感じでしょうか。

15号では映画「鬼龍院花子の生涯」に出演の夏目雅子が5ページ、夏木マリが5ページ。
更に次の16号でも「鬼龍院花子の生涯」に出演の佳那晃子が5ページ掲載があります。

斉藤慶子 週刊プレイボーイ1982年

夏目雅子 週刊プレイボーイ1982年

夏木マリ 週刊プレイボーイ1982年

スポンサーリンク


吉沢京子がヌードを披露

週刊プレイボーイ1982年の25号のグラビアには度肝を抜かれたことでしょう。
なんと、清純派女優の代名詞、吉沢京子がヌードです。
綴込みピンナップとグラビアが7ページ。

ヌードでもう一花。
ヌードで大人の女優に。
そういった思惑からか1970年代に輝いたアイドルたちが裸身を披露していくのです。

吉沢京子 週刊プレイボーイ1982年

表紙は香坂みゆき。
表紙には「大反響!雑誌会をリードする話題のPB巻頭COLOR」と書かれています。

香坂みゆき 週刊プレイボーイ1982年

40号では早瀬久美がヌード!

週刊プレイボーイ1982年40号では、「おれは男だ!」で森田健作のライバル役。吉川くーんこと吉川操を演じた早瀬久美がヌードを披露しています。

早瀬久美は1980年に結婚。芸能界を引退していたのですが、臨時収入が欲しくてというノリだったのかもしれませんね。
どんな理由にしろ、ファンには嬉しい限りです。

早瀬久美 週刊プレイボーイ1982年
います。

トライアングルのみっち小森みちこもヌード

キャンディーズJrからトライアングルに改名した3人組アイドルの一番人気だった小森みちこもヌード披露。
写真集も発売されました。
この頃のグラビアは写真集が必ず発売されるというわけではなく、まずはグラビアで反応を見てといったことがあったかもしれませんね。

小森みちこ 週刊プレイボーイ1982年

スポンサーリンク


中森明菜、石川秀美、早見優など 82年組活躍

さて、1982年の芸能界といえば、花の82年デビュー組と言われるほどアイドルが豊作の年でした。
もちろん、週刊プレイボーイの1982年にも数多く登場しています。

36号では早見優が水着で表紙。

早見優 週刊プレイボーイ1982年

37号では中森明菜がグラビアで水着。

中森明菜 週刊プレイボーイ1982年

39号では水野きみこが表紙。

水野きみこ 週刊プレイボーイ1982年

39号の石川秀美が水着でグラビア。

週刊プレイボーイの買取は昭和アイドルコレクション専門買取の星瞬堂がオススメです。

星瞬堂アイコン

最初のコメントをしよう

必須

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください